代表挨拶

投稿日時:2014-07-22 9:00 PM

株式会社たからのやまが見つめる未来(代表挨拶)

執筆者:奥田浩美(株式会社たからのやま・代表取締役)

このエントリは、「マーケティング ホライズン」(日本マーケティング協会)8号特集企画「東京より地方」に寄稿した原稿をウェブ用に加筆修正したものです。

限界集落から未来の課題を解決する

 株式会社たからのやまは、四国の右下・徳島県の人口8000人弱の町に2013年設立された会社です。正確には徳島県海部郡美波町、四国八十八箇所霊場の一つである薬王寺の門前に並ぶ商店街の一角に作られました。

 そんな小さな町で会社を興したと言うと、ほとんどの方が「地域活性の会社ですか?」と尋ねられますが、私たちの会社では「地域活性」という言葉を一切口にしません。

 弊社は、世界最先端の製品開発を目指すために作られました。創業者は二名、ITの最先端のイベントプロデュースに25年関わっていた奥田浩美(私)と、IT分野のメディア運営に関わっていた本田正浩です。

 私は現在でも、シリコンバレーに本社を置くような外資系のITベンダーを相手にイベントを中心としたプロモーションを行う会社:株式会社ウィズグループの代表でもあります。本田正浩はTechWaveという最先端のテクノロジーを扱うWebメディアの創業メンバーでした。

 その二人が、シリコンバレーや東京といった最先端の地から日本の地方に目を向けたのは、もう2年半前のことです。そこから地域とITにフォーカスしたメディア fin.der.jpを作ったり、地域でのITエンジニアコミュニティを繋げたりという活動を続け、2014年5月同町に“ITふれあいカフェ”という地域住民向けの場を作りました。

住民との製品共同開発を目指す“ITふれあいカフェ”

 “ITふれあいカフェ”はスマートフォンやタブレット端末など、最新のITについて、住民の質問や相談を無料で受け付ける場です。スマートフォンやタブレット端末の使い方が分からない高齢者たちの相談に、現地で雇用した社員が当たっています。

 カフェという名前ですが、飲食店ではありません。担当する社員は、訪れた高齢者に平均して30分〜1時間ほど相談に乗ると、同じくらいの時間を費やしてその内容を「カルテ」と呼ばれるシートに記していきます。具体的には、個人情報を除いた高齢者の興味・背景・相談内容や解決方法をデータ化して蓄積しています。

 たからのやま社の“ITふれあいカフェ”は、地方で現実に起きている高齢者の課題や要望を直接吸い上げる場なのです。「課題」はそのままビジネスに直結する「たからのやま」だと私たちは考えています。しかしながら、ITの最先端のサービスを作っている会社は、現実の住民の場からとても遠いところでサービスを作っている気がしてなりません。このギャップを弊社は繋げようとしています。

 では、実際にどのようなビジネスを目指しているのか。まずは、高齢者向け製品などを開発する企業への提案や、実証実験への協力、また、IT周辺機器などの製品づくりを目指しています。現状、タブレットによる買い物実証実験に協力したり、NFCを利用した認証実験に関わったり、テレビとWebを連携させる地域サービスシステムの相談を受けたりなど、多岐にわたる活動に繋がっています。

デジタルデバイドは無くならない

 私自身は鹿児島県の今なら限界集落と呼ばれるような田舎で生まれ育ち、縁あってインドの大学で社会福祉の修士を取得。帰国後、「ITは人類を幸せにする」という想いに影響され、25年間IT業界で事業を行ってきました。しかしながら、ふと実家の風景に目を向けると、実の親は老老介護、ITの恩恵をまったく受けていない高齢者がそこには沢山いました。ここ数十年位の間に、イノベーションが次から次へと加速度的に起こり、新しいモノが生まれるスピードはどんどん早まっている現代ですが、その変化に置いていかれている人々も数多くいるのです。

 入力が不得手な高齢者がいなくなれば、世代間のデジタルデバイド(ITを使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる、待遇や貧富、機会の格差)は解決すると思っている人も多いようですが、私は逆にますます世代間のデジタルデバイドが広がってゆくのではないかと講演でよく取り上げます。

 都会と地方、若者と高齢者との間を行き来していると、地方在住の働き盛りの30~40歳代でさえ、デバイスの変化について来られない人が相当数存在することに気づきます。その世代の人ですら、息切れする時代がすぐそこまでひたひたと近付いている――私はそんな仮説を立てています。

 例えば、キーボードを指で打って入力するのが今のこの読者の中心層だと思います。しかし、将来的には直感的に体を揺らすことで画面が変わるなど、今あるパソコンやタブレットの操作方法や入力方法自体が全く別のものに変わっている可能性も大いにありえ、若者にとっては取得が簡単な情報がそうで無くなる時代がすぐにやって来るでしょう。

 つまり、「えーっ?おばあちゃんは手を使わないと文字を入力できないの?そんなんじゃこれ使えないよー!」みたいな時代です。大げさではなく、その場面が今まさに出現しつつあります。猛烈なスピードに翻弄される時代になりつつある今、本当に人々に求められる製品やサービスとは何かを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

 そうしたニーズをいち早く汲み取り、地域の人、特にその多数を占める高齢者が製品を作る側に加われる仕組みづくり、つまり「多様なニーズを掘り起こすための地方」の役割があるのです。

 世界はどんどん複雑化・多様化し、ますます予測しづらくなっています。2014年6月に上梓した私の著書「人生は見切り発車でうまくいく(総合法令出版)」の中でも触れていますが、現代は必要最小限のサービスを打ち出してから、実際に使う人のニーズや声を反映しながらモノを創りだしてゆける時代です。それゆえ、地域からの声が届く製品開発・サービス改善の拠点が全国各地に出来る時代を創れると思っています。地方の高齢者が「使いにくい…」と言うことを、苦情ではなくチャンスに変えて製品に繋げられるのです。

 最先端のITを生み出す都会に対し、一見その対極にある方の限界集落だらけの町には、これまた世界最先端の大きな課題、すなわちチャンスが見えてきます。これは東京にしかいなかったら、決してリアリティを感じられないことだったはずです。

 現在、“ITふれあいカフェ”は徳島県美波町のみならず、他の都道府県・市町村などへの連携をもちかけており、徳島での開設後わずか数ヵ月で次の拠点への展開が進みつつあります。いくつかの自治体・NPOさんなどからは、具体的な問い合わせもいただいています。たからのやま社の2期目はさらにそれを加速させ、ビジネスをどんどん作り上げる年にしていきます。