三三株式会社・運用コンサルティンググループの梅崎寿恵さん

投稿日時:2012-12-25 10:00 AM

用途もそれぞれ – 徳島で花開くIT企業のサテライトオフィス事業

 徳島県に、ITやクリエイティブ系の企業がサテライトオフィスを構える動きが広がっている。東日本大震災により、オフィスの東京集中を改める機運も背景にはあるが、徳島は、地上デジタル放送の移行により難視聴地域対策として県内全域に導入された光ファイバー網に余裕があることが特徴だ。田舎ならではの環境の利点と、高速回線による接続性の良さを兼ね備えることで、新しい働き方を模索する企業・個人からの注目を集めている。徳島県神山町から始まったこの動きは他の町へも拡大、徳島県庁も本腰を入れ始めた。

築80年の古民家に入れ替わり立ち代りー三三株式会社

 名刺管理ツールを提供する三三株式会社は、徳島県神山町で築80年、7LDKの古民家を借り、サテライトオフィス「神山ラボ」を開設している。「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」をミッションに掲げる同社は、自分たちの働き方についても常に自問自答を繰り返し、在宅勤務や服装規定の見直しなどをしてきた。

 サテライトオフィスを始めたのは、2010年10月、同社の寺田代表が、市ヶ谷オフィスの改修を手がけた建築家の紹介で神山を知ったのがきっかけだ。

「こんな山奥でも東京のIT企業が仕事を出来ることを見せて欲しい」に後押しされ

三三
三三株式会社のサテライトオフィス「神山ラボ」

 神山への進出にあたり、寺田代表には地域貢献のあり方について迷いもあったそうだ。しかし、同町で地域活性化の事業に取り組むNPO団体グリーンバレーからの答えは、「求めるのは、ここで仕事をしっかりやってもらうこと。こんな山奥でも東京のIT企業が仕事を出来ることを見せて欲しい。」

 ここから一気に話が進み、2010年10月に開始されたトライアルを経て、2011年8月「神山ラボ」が誕生した。

 田舎のサテライトオフィスというと、エンジニアの山ごもりというイメージがあるが、同社はそうではない。利用形態は常駐ではなく、個人の意志で来る制度となっている。1回約2週間から長い人は2ヶ月。取材した12月上旬は、営業やコンサル部門の社員が利用し、顧客へは電話やテレビ電話などでサポート業務を行なっていた。

 サテライトオフィスで働くことで業務が改善・効率化されるのだろうか? 同社によると、効果・成果の評価は、
「生産性がとても上がるというわけではないが、場所を選ばない働き方の感覚が加速し、非対面のコミュニケーションが向上した。また、成果を意識するようになったことで、総合的に会社の奥行きが出た。」
と、社員の意識の面での成長を実感しているようだ。

地元エンジニアのために徳島オフィスを作ったダンクソフト

ダンクソフト

 徳島市内のシェアオフィス「愛樹」にオフィスを構える株式会社ダンクソフトは、webサイト制作や、Microsoft製品やWordpressと呼ばれるCMSの導入やカスタマイズ、ならびにそのコンサルティングを行う。

 今、徳島には、いわゆる「ジャストシステム問題」が頭をもたげている。同社が2009年キーエンスに買収されて以来、多くのエンジニアが東京など県外での勤務を余儀なくされている。徳島から見ると人材の流出だ。しかし、彼ら優秀な人材に県内での受け皿が整っていない。

 ダンクソフトの徳島チームは現在4名。2012年5月に入社した竹内祐介さん(写真右)と、6月入社の本橋大輔さん(写真左)。二人はジャストシステムの同期だ。竹内さんは、同社の神山町でのプロジェクト(現在は一時休止中)を通じて同社の星野社長と知り合う。奥さんも含め一家が徳島だったこともあり、ここに残りたいという思いと、ダンクソフトで働きたい(=東京勤務)という狭間に揺れる思いを星野社長に相談したところ、星野社長は何と、徳島支社の開設を指示。竹内さんは晴れて同社徳島チームのチーフエンジニアとなった。

 同社がサテライトオフィス事業に積極的なのは、こうした新しい働き方を支援する製品を製作していることも大きい。自分たちで事例を作り、働き方のコンサルテーションも含めた商品企画・販売へと繋げている。

 ダンクソフトで働き出して変わったことは?との問いに本橋さんは、外との繋がりが増えたことを挙げた。
「プログラマーは、朝から晩までプログラム。10年勤めたジャストシステムでは10枚程しか名刺交換しませんでしたが、辞めてから、徳島のIT業界での繋がりが広がりました。」

「半農半X」ならぬ「半ICT半X」を実践し、優秀なエンジニアを集めるサイファー・テック

サイファー・テック吉田社長
サイファー・テック株式会社代表の吉田基晴さん

 2003年創業のサイファー・テック株式会社は、暗号技術を扱う情報セキュリティーのベンチャー企業だ。電子書籍の普及や情報漏洩に対する時代のニーズを受け成長している。

 業務拡大に伴い、同社の吉田基晴社長には悩みがあった。セキュリティーを扱う高レベルのスキルを持ったエンジニアの採用が、ベンチャー企業では難しいことだ。何百万円もの広告費を掛け就職サイトに掲載しても、応募は1年に1人が関の山だったという。

 その答えは、吉田社長の出身地・徳島県美波町にあった。美波町は太平洋に面し、海も川も山にも恵まれている。また、吉田社長は千葉で自然農法の稲作をしている。稲刈りなど人手が必要な時、色々な人が手伝いに来るという。都会の人のこういうものへの欲求が分かっていた。県の勧めもあり、空き家になっていた老人ホームの一角に2012年5月「美波Lab」を立ち上げた。町が施設を改修し、同社は賃貸料を支払っている。

 同社のサテライトオフィスのキーワードは、「半農半X」ならぬ「半ICT半X」である。ITの仕事をしながら、趣味を思う存分楽しむ。この環境に惹かれ、優秀なエンジニアを雇用することが出来た。現在その5名のうちの1人が、Iターンで埼玉からやってきたサーフィン好きのエンジニア・住吉二郎さん。週に3日は早朝サーフィンを楽しみ、出勤する「半波半ICT」だ。

 中途半端な地方都市では移動も車になり、仕事の後にお酒も飲めない。極端な過疎地に振った方が、フィルタリングされる分、面白い人や情報が集まると吉田社長は考えている。採用が成功している他、地域の課題解決のアプリ制作をテーマにした大学生のインターン合宿を2012年夏に開催したところ、非常に質の高い学生が集まったという。

 「美波というより、ワークスタイルや考え方に共感して人が来てくれています。」(吉田社長)

県庁も動き出し、県全体の取り組みに広がる

サイファーテック
サイファーテックの「美波ラボ」。手前左が住吉二郎さん

 民間から動き出したサテライトオフィス事業の盛り上がりを受け、徳島県も支援に乗り出した。

2011年、新規性のある技術を持った企業へオフィススペースを安く貸し出す「ベンチャールーム」が徳島市内に設置された。2012年には、官民協働で「とくしまサテライトオフィス・プロジェクト」がスタート。サテライトオフィス開設事業者への各種支援制度を通じ、過疎地域での新しい働き方を後押しする。

 また、徳島県は、IT・デジタルコンテンツの分野でも特徴的な取り組みを行なっている。2009年、徳島県のウェブサイトのリニューアルに合わせ、県内の企業がRuby on Railsに基づいた自治体向けオープンソースCMS「Joruri」を開発。(参考:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090911/337051/)同じく2009年から始まった、徳島市内の街中を舞台に年2回開催されるアニメイベント「マチ★アソビ」は、現在では4万人以上を動員する一大イベントに成長している。

 神山町や美波町は、これまで製造業(工場)を立地するには条件が整わない場所であった。それも過疎化の理由の一つだろう。だが、産業構造は一変した。製造業が撤退・縮小などで冷え込むにも関わらず、転換が出来ない企業城下町は多い。その一方、最先端の課題が詰まる過疎地域に、新しい経営や労働のスタイルが化学反応を起こしつつある。